「…おい、フォルテ。 お前 こんなとこで何やってんだ?」
「…オッ! バースト」

 

骨董屋「白狐」の店先。 俺はそこで フォルテを見つけた。 俺の存在に気づいたフォルテが 俺の方に振り向いて、いつものようにニカッと いじわるで生意気な笑みを見せつけてきた。

 

お昼を済ませた俺とアニマは 残りの仕事を終わらそうとしていたところ、急にモートレから 連絡が入り込んできた。 電話越しから聞こえた、いつもより少し機嫌の悪いモートレから 伝えられた言葉。

 

〔フォルテ様が、また お逃げになられました〕

 

そこからは仕事を返上、フォルテを捜すはめになった。 アニマと共に行動する身として、小言の様な愚痴を聞かされるはめにもなったわけで。 まぁ、あいつが仕事をさぼって抜け出すのは 今に始まった事じゃないが…。
そして フォルテの魔力を追ってツクモへと足を踏み入れ、たった今 逃げ出した本人を発見した。 店先にある白い布が掛けられた長椅子に座り込んで、白銀と向かい合って何かをしていた。 2人の間には、マス目が描かれた板状の物体と 白と黒の石達。

 

「何って…オセロだけど?」
「んなもん分かっとるわっ! まぁーた 仕事ほっぽり出しおってからに!」
「んー でもよぉー たまには息抜きも必要じゃん?」
「あんたは息抜きしすぎや!」

 

「たくっ…白銀も、逃げ出したフォルテと遊んでんじゃねーよ」
「すみませんねぇ。 ですが、私もちょうど お暇をしていたところでしたので」
「…はぁー…」

 

だめだこりゃ。 俺は右手を顔に当てながら ため息を吐いた。
…右手の指の隙間から、オセロ盤を覗き込む。 マス目の上にある石は、黒2つを除いて 残り全てが白石に染まっていた。

 

「おやっ? オセロに興味がおありなんです?」
「いや、そういうわけじゃ―――」
「ちなみに、白が私で 黒がフォルティウヌ様です」
「…負けてんじゃねーか、フォルテ」
「アッ? 負けてねーし! これから大逆転するんだからな!」
「いや、どう見たって あんたの負け確定やろ、これ」
「ウッセェーーー!」

 

フォルテがやけを起こしながら、空いた所に黒石を置いた。 すかさず白銀の白石が、黒石を挟み込むように置かれる。 白に捕まった残りの黒は、ひっくり返って白に染まった。 フォルテの苦い声が聞こえた。

 

「…負けやな」
「ほらっ、帰るぞ! フォルテ! 十分遊んだろ!」
「つーわけで、うちのとこのあほが失礼して 申し訳なかったで。 白銀はん」
「いえいえ、ちょうどお暇を潰せて助かりました」
「そうか。 んじゃ、うち等はこれで―――」

 

「……いだ」

 

「はっ?」

 

フォルテの襟元の後ろを掴んで 今まさに連れて帰ろうとしたその時、無理矢理俺の右腕から逃げ出して あいつは白銀に食いついた。
そして、白狐の仮面越しの白銀の顔を睨みながら。

 

「もっかいだ! もっかい勝負しろ! 白銀!」

 

「…はぁ!? お前、仕事があるんだ―――」
「いいですよ」
「おいこらぁ! 白銀!」
「このまま負けっぱなしで帰れるかぁ! 大魔王の名にキズが付く!」
「なぁーにが“大魔王”やっ! JOLはんにですら、ババ抜きでぼろ負けしたくせに!」
「あれは“たまたま”調子が悪かっただけだ! とにかく! もっかい勝負だ 白銀!」
「いい加減にしぃや! こっちはあんたのせいで、仕事置いたまんま―――」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ! もういいっ! 分かった!」

 

意地でも白銀に勝とうとするフォルテの態度に、俺はついに 痺れを切らした。 この様子じゃ、フォルテは絶対 勝つまでやり続けるに違いない。 白銀も、分かってて付き合っている。 だったら、方法は1つしかない。
俺は無理矢理 白銀をどかして、白銀がいた場所に座る。 フォルテが一瞬だけ 俺の事を睨んできたが、俺も フォルテに睨み返す。

 

「そんなにやりたきゃ、俺と勝負しろ! んで、お前が勝ったら 俺はこれ以上何も言わない! お前を連れ戻さない! …だが 俺が勝ったら、お前を連れ戻すからな!」
「ハァーン…バースト、オマエ オレに勝てるとでも思ってんのか? この大魔王であり、オマエの夫でもある このオレに?」
「強情なお前を諦めさせるには、もう こうするしかないからな」
「ハッ! 言うねぇ!」

 

骨董屋の店先で 今まさに、2人の魔王による(今後の予定を掛けた)闘いが始まろうとしていた。 そんな俺達の勝負の審判を務めるのは、骨董屋の主であり 俺達と同じ魔王である白銀と、俺達の部下のアニマ。

 

「言わなくても分かると思いますが、石が多い方が勝ちです。 黒が先行で 白が後攻。 本来は 必ず相手の石を挟む形で置かなければいけませんが…今回は 自由とします」

 

オセロ盤の上で、ジャンケン。 結果、フォルテが先行となった。

 

「ヨッシャッ! じゃぁ、遠慮なく……」
「……?」

 

フォルテの 動きが止まった。 …というより、そわそわしている。 何か おかしい。
突然 フォルテが立ち上がった。 「トイレ借りるぞ」とだけ白銀に伝えて、フォルテは 店の奥へと入っていった。

 

「まったく、ゲームは弱っちいくせに プライドだけは無駄にあるんやからなぁ…」
「あははっ。 あの方らしいですね」
「おかげでこっちは 振り回されっぱなしや」
「あははは。 …しかし、本当によかったのですか? あんな事を言ってしまって」
「負けたら負けたで その時だ。 後で困るのは あいつなんだからな」
「なるほど」

 

さて、フォルテがトイレに駆け込んだその間に、イメージトレーニングと作戦だけでも考えなければ。 だが、オセロなんて久しぶりだ。 そして俺は、どっちかっていうと 弱い方だ。 フォルテが弱いのは理解しているとはいえ、負ける可能性もある。 …いや、負けても あいつの自業自得なのには変わりないけど。
頭を悩める俺を見て、何を思ったのか 白銀が話しかけてきた。

 

「バーストさん、不安ですか?」
「んっ? いや…オセロやるの久しぶりだから、ちょっとな…」
「そうですか。 …バーストさん、ちょっと…」

 

白銀がさらに 俺に近づいてきた。 俺の耳元に 仮面越しから囁くように、白銀はこう言った。

 

 

 

「フォルティウヌ様に勝つ方法、お教えいたしましょうか?」

 

 

 

「イヤァー、ワリィな。 急に尿意が襲ってきたもんだからよ」

 

手を拭いたタオルを投げ捨て、意気揚々と戻ってきたフォルテ。 フォルテの余裕しゃくしゃくな笑みを見せつけられ、若干 呆れたため息が出た。

 

「さっさとしろよ。 こっちだって やる事あるんだからな」
「ヘヘヘッ。 じゃぁ、置かせていただきますぜ」

 

右手でつまんだ黒石を、俺から見て 左上の角に置いた。

 

(白銀の言った通りだ)

 

俺はさっそく、白銀に言われた通りの事を実行する。 最初から真ん中に置いた白石の隣に、最初の白石を置く。 そして、フォルテの2手目。 今度は向かって右上の角に黒石を置いた。

 

 

 

『オセロ盤の4隅に置いた石は「確定石」と呼んで、絶対にひっくり返せない石なんです。 この4隅は、オセロの中で最も重要なマスになるんです。 これは、あなたがこちらに来る前に フォルティウヌ様にもお教えいたしました』
『じゃぁ、最初にそこを取らないといけないんだな?』
『いえ、そうではございません。 むしろ 先に置いてしまってはいけません』
『何で?』
『もし仮に、先程のジャンケンであなたが勝ち 先に確定石4つを置いたとしましょう。 その間、フォルティウヌ様は どう打ってくると思います?』
『…真ん中の石を取ってくるな』
『そうですね。 では 次は?』
『石を取ろうとする…けど、真ん中は挟めないな』
『そうですね。 そうなると、4隅の確定石を中心に打つしかなくなります』
『……あっ』
『はい。 取れる石は少なく、むしろ 高確率で石を奪われてしまいます』

 

 

 

フォルテが4つ全ての確定石を置いたのを確認して、それに合わせるように 真ん中にあった残りの黒石を白石に返る。 そして、フォルテの番。 白銀の言った通り、確定石の隣に黒石を置いてきた。

 

(やっぱりな……)

 

は フォルテの動きを徐々に抑えつつ、白石を挟まれないように置く。 そうして オセロ盤の4隅は黒石で固められたものの、中心を広く 尚且つ黒石を抑える様に白石が占める形となっていった。
そんなオセロ盤の様子を見ていたフォルテの、右手の動きが止まった。

 

「……アレッ?」

 

苦しい顔。 徐々に攻め込まれていく黒石を見ながら、フォルテは言った。

 

「もしかして、オレ…積んだ?」

 

どうやら、ようやく 自分が負けている事に気がついたようだ。 だが、もう遅い。
フォルテは黒石を置く。 今度はその黒石を取るように、挟み込む。 戦局は終盤。 白がほとんどを占めるようになったオセロ盤の上では、もうどこに黒石を置いても ひっくり返されてしまう形になった。 もう、フォルテが俺に勝つことは ほぼ不可能だ。
白銀から教えられた方法。 それは、「白銀に教えてもらった事の逆をする事」。

 

「さぁ、次はお前の番だぞ」
「……」
「んっ? それとも パスするか?」
「……」
「それとも あれですか? 今から 大逆転する方法でもお考えなんですか?」
「……」

 

 

 

「さぁ、どうしますか? 大・魔・王・様?」

 

 

 

「……すみませんでした」

 

フォルテが、がっくりと 頭を垂れ下げた。 「決まりやな」と、そう言ったアニマが フォルテの服を引っ張って行く。 今度のフォルテは大人しく、力なく そのままアニマに引きずられていった。

 

「はぁー…本当にすまなかった、白銀」
「いえいえ。 …そうだ。 もし明日、お暇でしたら またここに来てください。 緑丸さんから差し入れで、甘草まんじゅうを頂いたんですよ」

 

そう言って白銀が 店の奥にあった棚から、幸福亭のマークが描かれた 紙袋に包まれた箱を持ってきた。 紙袋に染み付いているのか 箱の中からなのか、ほんのりと 甘い匂いが流れてきた。

 

「いいのか? たしかそれ、お前が好きだったやつなんだろ?」
「えぇ、はい。 …ですが、条件があります」

 

白銀の視線が 下に下がった。 その視線を追えば…白が大半を占める オセロ盤。 白銀にぼろ負けする 未来が見えた。

 

「……いや、いいわ」
「おやっ? それは残念ですね」

 

白狐の面の下、万物と九十九の魔王の黒い笑みが 見えた気がした。

 

 

 


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