「ホラッ、ここがオマエの仕事場だ」

 

フォルテによって与えられた城のバルコニーから 新しい魔王の誕生を告げ、街の奴等からの祝福を受けて数日。 人前でまともに発表なんかした事がなかったから あの時は正直どうなるかと思ったが、フォルテのフォローのおかげでどうにかなった。
そんな俺は今、謁見の間の 俺がこれから座るであろう玉座のすぐ傍にあった扉に案内されていた。 開けた扉の先で、仕事場の部屋を見る。 青を強調させた部屋、仕事をする為の立派な机の後ろには 壁いっぱいの本棚があった。 もちろん、どの段にも 本がピッチリと置かれている。
正式な仕事場の雰囲気に飲まれ 緊張する俺の背中を、フォルテが強く叩いた。

 

「ホレッ、しっかりしろよ。 大丈夫だって。 魔王の仕事は案外簡単だから、すぐ慣れる」
「「簡単」ってお前なぁ…」
「なぁーに、ここは現実と違って 複雑な法律ルールなんかねぇからな。 だからそう ムズかしく考えんなって!」

 

得意気に笑うフォルテ。 だが俺の胸中には、不安だけが広がるばかりだ。

 

「…そんな死にそうな顔すんなよなぁ。 別に オマエ1人で仕事するわけじゃーねぇんだ」
「その為にうちがいるんやろ? フォルティウヌはん」

 

声の高い少女の声が聞こえて、フォルテの後ろから1人の少女が姿を現した。 オレンジ色の短いツインテールを揺らしながら、その少女は 俺に話しかけてくる。

 

「あんたが 新人の魔王さんか」
「お、おうっ…」
「初めまして! うちは『アニマート・エレキトル』。 まぁ 気軽に『アニマ』って呼んでええで」
「オマエのとこに人員を充てなきゃいけないから、その確保で しばらくはバタバタするからな。 だからアニマ俺の部下を貸す。 仕事で何かあったら、このアニマに何でも言ってくれ」

 

「それでも」と言って、フォルテが俺に詰め寄った。 切れた紅い瞳が、大きく映り込む。

 

「ホントーに何かあれば、すぐオレに言ってこい。 音の速さよりも 早く駆けつけてやるからな」
「お…おう…」

 

「はいはいはいっ! 仕事前にいちゃつくの禁止やで、フォルティウヌはん!」

 

眉を尖らせながらアニマが、自分よりも二回り以上もある フォルテの服を引っ張って、俺とあいつを引き剥がした。 「ヘイヘーイ」とフォルテが 怠そうな声を上げた。

 

「…じゃ、オレ行くわ」

 

もう1度だけ俺の顔を見て、フォルテは出て行った。
俺はとりあえず 机の前にあった椅子に座り、改めて 部屋を見渡してみる。 謁見の間ほどではないが、細かい装飾が付いたシャンデリア。 楽譜と思わせる模様が入った壁に、上質な藍のカーペット。 タイトルからして 中身が難しい事が理解できる数々の本。 机の上には インクやペンや判子やら、仕事をするのに必要な道具が一通り。
“ファンタジーの世界で王族が 個室で仕事をする場面”、そのままだ。 ここがいかに、現実とは全く違う 普通の仕事場でない事を思い知らされる。 俺がやった仕事と言えば 生前に1度、4年間 飲食店のバイトで皿洗ったり 接客したり 餃子を焼いた程度しかない。 そんな俺が この世界にやって来て、魔王という重要な存在に生まれ変わって、その重大な役目をいきなり与えられたんだ。

 

(あいつは「大丈夫だ」って言ってたが…)

 

はっきり言って、全っ然 大丈夫じゃないです……。 胃が詰まりそうな、そんな感じがする…てか、絶賛 襲われてます。

 

「なぁ、えーっと…」
「アニマや」
「なぁ、アニマ。 俺は何をしたらいい? 今まで俺、誰かの上に立って仕事なんかした事ないんだ…。 それに、フォルテが「ムズかしく考えんな」って言ってたけど、魔王の仕事って そんな軽いもんじゃないだろ?」
「んー…確かに あんたの言う通り、軽くはないわな」
(やっぱりな……)
「せやけど、フォルティウヌはんの言ってた通り そんなに難しく考える必要もないで。 魔王っちゅーのは、この世界を統べて護っていけばいいんやからな」
「あの、それ、答えになってないんだが…」
「んー…まぁ、具体的に言えば―――」

 

「失礼します」と、突然 声が響いた。 心臓が一瞬だけ 飛び上がる。 アニマではない 別の部下が、両手に書類の束を抱えて入ってくる。 自分の事を軽く自己紹介を済ませた後に、部下は俺の目の前に書類の束を置いて 静かに部屋から出て行った。 書類の束はかなり厚い。 それを見つめたアニマが、一言。

 

「こーいった書類に目ぇ通して、サインして判子押したり あかんやつは何も書かなかったりするんやな」

 

 

 

 

 

「…アニマ この書類に書かれてるやつだけどさ、「街の西側にある「ラルゴムの庭園」って所に噴水を設置したいから、その費用をくれ」って事でいいか?」
「…うん、そんな感じやな」
「そうか」

 

俺は手に持ってる書類を、あらかじめ決めておいた場所に置く。 内容別に3つ さらにサインしたかしなかったかで2つ、合計6つの書類の束。 こうした方が、後でアニマに確認と一緒に 再確認しやすいからだ。
「えらい慎重なんやな」と、アニマから言われた。

 

「魔王とは言え 使えるお金は限られてるだろ? それに俺は 魔王になったばかりだから 財源とか まだまだ把握しきれていない事が多い。だったら 無駄には使いたくない。 街の奴等が治めてくれた税金を ちゃんとした形で使いたいんだ。 それに、こういった事は 部下の奴等と話し合った方がいいって思ってんだ」
「……」
「…なんてな。 いや 本当はな、この書類にサインと判子を押しただけで何でも通っちまうんだろ? それってつまりだ、俺の判断1つで全て決まるわけで…」
「……」
「…あー…つまりだなぁ…俺の独断だけで 何でもかんでも決めてしまっていいのかって思って―――」
「立派や!」
「……はっ?」

 

「あんたは立派や!」と、まるで我が子を褒める母親の様に 嬉しそうに話し出した。 アニマの見た目は、完全に少女だが。

 

「魔王になったばっかやっちゅーのに、みんな事をちゃぁーんと考えてる! 偉い! あんたはまさに 魔王になるべく生まれた存在や!」
「あ いや、俺は当たり前の事を言ったまでなんだが…」
「ほんま フォルティウヌはんと大違いやな!」
「……ん? あいつは仕事をしていないのか?」

 

俺のこの質問に、アニマの顔色が一気に変わった。 さっきまでの明るい表情が一変、眉を寄せ 口を尖らせ、あいつの事をグチグチと言い出した。

 

「フォルティウヌはんはなぁ、“超”が付くほどのさぼり魔やで! 事務作業をぜぇーんぶ うち等部下に押し付けて、自分は「見回りに言ってくるわ!」とか何とか言ってとんずらや! 会議も遅刻するし 居眠りばっかするし 遊んでばっかやし…あんたが来る前なんか 無理やり侵入してきたJOLはんとどんぱちやりおって、中庭を灰にしたからな」
(何やってんだあいつ……)

 

アニマの話を聞いて、「それでよく 魔王を辞めさせられないな」と 半ば呆れた。 実際、旅の中で俺は あいつによく振り回されたわけで…。 それでもあいつは 何だかんだでちゃんとしてるから今の今までやってこれたわけで…。

 

「ほんま、こんなええ魔王のところに配属させてくれたモートレはんには、感謝せなぁあかんなぁ」
「モートレ? お前と同じ あいつの部下か?」
「せやで。 …せや! この際やから言っとくわ。 フォルティウヌはん、ほんまはうちやなくて モートレはんを就かせたかったみたいなんや」

 

アニマが話し出す横で、 ちらりっと 壁に掛けられている時計を見る。 針はもうすぐ 12時を指そうとしていた。 昼休みとして話し込むには、ちょうどいい時間だ。

 

「モートレはんはうちとちごぉて、かなり厳しいんや。 モートレはんがあんたのとこに就いたら、あのあほ 監視役がいなくなったのをいい気にやりたい放題やりおるからな。 実際、部下の中でフォルティウヌはんの暴走を止めれるのは モートレはんだけやったし」
「は、はぁ…」
「モートレはんも それを理解してるしな。 だから うちを就かせる意見を通したんや。 あのあほの あほな考えを無理やり潰してな」

 

「あん時の 自分の意見を破論されたフォルティウヌはんの顔、あんたに見せたかったわ〜!」と、意地悪そうに笑った。 俺はただ、その顔を引き気味に眺めていた。

 

 

この配属の意味を、新人魔王様は気づかない


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